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20101017

20101017
二日間久しぶりの船中泊。朝7時に起きて久しぶりにエオラスを水洗いする。バウスプリットの付け根のデッキのクラックを見つける。ゲルコート部分のクラックだが、また補修が必要。一度デッキ全体でゲルコートがかけているところは一斉に補修するのも必要。隅から隅まできれいに洗う。フランスで買ったFRP洗浄クリーナーでハードドジャーの水あかを落としてみる。まま落ちるが劇的は落ちない。ライフラインのロックナットが緩んでいるのを発見!全部しめてから、いつものテープで巻いておく。夜TIOによって社長の川瀬さんと会い、いろいろドカの話を伺う。パンタかベベルか迷っている。心はベベルに決まっているが、サーキットを気持ちよく走りたいという思いもあるがやはりデビューはベベルか!組み上げた900ssのエンジンを聞く。本当に凄いバイクです。乗りこなせるか不安だらけ。ショップに戻り江澤さんとまたまたいろいろお話を聞き見積もりをお願いする。さあ!「エオラス2世」となるか!
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ハードドジャーをこれでふく。ポート側をやったので今度行ったときに汚れのつき具合を確認。
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エオラスには珍しいゲルコートクラック。さてどうやって直すか?数年前にシリコンをST4000を入れてやり直したがコーキング切れているかもしれない。ここは一度も抜いてのメンテナンスはしていない箇所。一度外してコグチをエバデュアで固めた方がいいかも?まあのんびりやりましょう。
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このテープはほんとうに優れもの。フィット感といい使いやすやといい!もっと早くであっていれば!

ここからはベベルのコーナー。さあ「エオラス2世」となるか!
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TIOでフルレストアされた900ss。81年か82年製。なんと30年前のバイクです。
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タンクはアルミタンクに交換されている。
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カウルは日本製のレプリカ。
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コンチマフラーは新品が装着されている。
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ベベルツイン864cc。いい音していました。

風になろう!と決心した。インターネットで自分のイメージのバイクを探していたらドカティーイモラレプリカ750ssにたどり着いた。調べるともう乗るというより飾るバイクの値段にびっくり。台数の少なさとシルエットの美しさはもうたまりません。それからどんどん調べていくういちにすっかりドカの虜に。900ssならまだなんとか手に入る値段であることがわかり、TIOさんとご縁があり探してもらうことに。たまたまショップに半年前にくみ上げた900ssがあり、これがそのバイク。調べて行くうちにMHR900やハリスパンタF1も気になってきた。しかしやはりデビューはベベルから!さあ!見積もりは?「エオラス二世」になるか!
by hiki-hiroyuki | 2010-10-17 22:31 | Comments(0)

20101010

20101009
磐城サンマリーナにシンペイ先生に誘われ、FREYDIS(ドイツ船籍)を訪ねる。スライドショーに間に合わずハーバーに着いたときは終わってたが、僕だけの為にまたスライドショーやってもらった。衝撃的な写真に言葉もでません!凄すぎる!著書と写真集で8冊ぐらい出版もされている。総行程130000マイル!何週地球をまわっているのか!夜はハーバーのみなさんと食事会!英語ができない自分がほんといらいら!もっともっと聞きたいことがあるのに•••!
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シンペイ先生!ごちそうさまでした。
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ボトムは2センチハルは1センチのスティールヨット!総トン数は30トン!やはり南極狙いはアルミか鉄!次の夢に向かって行くか!
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これがシンペイ先生のデンキ舟!こんどゆっくり見せてください!

「いつかは狙いたい南極越冬クルージング。アルミの40feet。新造船造ってトライしたい!」
by hiki-hiroyuki | 2010-10-10 23:15 | Comments(0)

20100724

〈エオラス〉大阪夏の陣
テトラボーイズ、涙と笑いの350マイル(安藤マン寄稿)


真冬の太平洋横断、そして大西洋横断⋯⋯。ヨット乗りにとってはある意味「夢」とも言える航海を、2008年に一気にやりとげてしまった〈エオラス〉。そのオーナーであり、寛平さんとともに二つの大洋を渡った比企啓之さん(海宴隊)を、準備のときからずっと近くで見ていただけに、今回の鴨川〜大阪回航に対しては、楽しみと緊張の入り交じった気持ちで臨むこととなった。
考えてみれば、〈エオラス〉がこれだけ長いこと海を走るのは、本当に久しぶりのこと。大西洋を越えた後、フランスではまさかの陸送中のマスト破損事故、そして3月のボートショーでは陸上展示され、1,000人近い人たちが会いに来てくれた。今回の回航を前に、待望のニューマストが設置され、まさに新生〈エオラス〉として、初めての長い航海を迎えたわけである。
大阪回航は、時間的なリミット(大阪でのアースマラソン展記者会見)があったこともあり、7月の終わりにピンポイントで行われることになった。鴨川から大阪までは300マイルと思い込んでいた僕たち2人だったが、1週間前に電子チャート上でいろいろなコースを引いてみると、大島の北を行こうが南を行こうが、距離が全く縮まらない。イラついて、大島の上を突っ切る非現実的なコースを引いても350マイル。最初からこんな調子だから、どうなることやら⋯⋯。
もっとも、距離が50マイル変わったところでも、まったく動じないのが比企さん。そもそも太平洋67日間をノンストップで走った経験をお持ちなので、頭の中の計算軸が常人とは違ってしまっているのである。鴨川→大阪350マイル、5ktで計算しても70時間、3日はかかることになる。
この350マイルをノンストップ無寄港で行くのだというのだ。大島の波浮や伊豆の下田、紀伊半島の那智勝浦に串本⋯⋯。一般的にこのコースの回航では、補給地をいくつか入れるもの。燃料や水・食料の補給という現実的な問題はもちろんのこと、せっかくの船旅なんだから、途中途中で港に寄って、温泉に入って、うまいものでもつまみたい。が「350マイル、4日間くらい大したことないやろ」という比企船長のポジティブな一言によって、このノンストップ二人旅が決行されることになった次第だ。

●霧の鴨川港
 仕事を追え、その足で鴨川へ向かう。見送りに来てくれた隊長、隊長知人、アースマラソン事務局竹野嬢とともに、小坂氏の車で夜のアクアラインをひた走る。7月23日23:00過ぎ、鴨川に到着すると、霧の中で比企船長と〈エオラス〉が待っていた。「霧の中」という表現は、的を得ていると思う。視界は15m程度で、風もなくどんよりとした熱気の中、真っ白な霧が立ちこめていた。
ひとまずココスに移動し、キリンフリーや冷たいデザートなど食べつつ、鋭気を養う。結局、もう少し霧がやんでから出航しようということになったため、見送りチームは撤収。比企船長と僕は、〈エオラス〉に戻ってゆっくりすることにする。
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霧はますます深くなっているような気もしたが、この日の僕たちは「1分でも早く出なければ!」という強迫観念に迫られていたのかもしれない。この時期、本州南岸を流れる黒潮が大きく北上しており、潮岬までは常に向かい潮の中を航海せねばならないことが予想されていたからである。海上保安庁からは「急潮注意報」まで出ていて、最大で4〜5ktの真向かいの潮を受けることも考えられた。〈エオラス〉の機走スピードは約5kt。単純計算で110時間で大阪に着くとはいえ、こんな強烈な潮を食らってしまう可能性があると考えたら、気持ちが盛り下がるのも当然である。
「鴨川は何百回も出入りしてるんだし、〈エオラス〉にはレーダーもバッチリついとるからね。風もまったくないし、問題ないやろ!」
そんな比企船長の言葉に疑問を抱くこともなく、行きましょ! と即答した僕は、ライフジャケットとハーネスを身につけはじめていた。
午前2:00。一層霧は濃くなった気もするが、とりあえず港の入り口の灯台も見えているし、出てしまえばあとは安心だ。舫いを解き、比企さんが舵を握る。僕はマストの前に行き、前方と周囲のワッチに務める。風も音もない中を1kt以下の速度で進んで行くが、係留中の船との距離感がいまいちつかめない。でも、これは霧のせいではなく、暗い夜ならではのことだから仕方ない。
2つの灯台をクリアし、港の外へ。あとはコンパスコースどおり進んでいけば沖に出られる。
最後の灯台を交わしてから、どれだけの時間が経っただろう。5分も10分も走ったように思えたが、実際には1分程度しか走っていなかったはずだ。周囲が突然真っ白になり、マストから振り返っても比企船長の姿が見えないほどに霧が立ちこめた。でも、針路通りに進んでいるのだから、心配はいらない⋯⋯そう考えながら、バウの先の白い闇に目を凝らし続けた。
すると、霧の中から、さらに白い煙が立ち上っているような、一瞬、鳥山のような景色がそこに見えた。「こんな真夜中なのに、鳥っているんだな」⋯⋯そう思ったときに、その煙のような鳥山の正体が分かった。なんと! テトラポッドの山だったのだ。
「ダメだぁーーーーっ!バック!バック!バック!フネ止めてくれーーー!」
そう絶叫したが、比企船長の返事が返ってくる前に、今まで体験したこともない音と感触を味わうこととなった。ドーンというかゴーンという音とともに、僕たちはテトラポットに乗り上げていた。〈エオラス〉は完全に止まり、バウスプリットのほんの目と鼻の先には、テトラポットが山のようにそびえ立っている。
やっちまった⋯⋯なぜか冷静にそんなふうに思った。ギアを後進を入れると、再度別のテトラポッドに乗り上げはしたものの、なんとか魔のゾーンから脱出。おそらく1分にも満たない脱出劇だったと思うが、こんな目の前に敵は潜んでいた。
相変わらず周囲は真っ白という状態で、このまま進むにも戻るにも、下手に動けばまた座礁の恐れがある。「アンカリングしましょう!」と叫んだが、アンカーを使う予定もなかっただけに、船内に固縛している状況。幸いにも灯台を確認することが出来たため、前にも増して超微速で光の方向へと戻った。
心臓の激しい鼓動が収まらぬ中、なんとか鴨川フィッシャリーナに帰港。興奮していた僕らは、桟橋にスマートにフネを留めることさえできず、あわや“座桟橋”してしまうかの状況であった。
船内に水漏れがないか点検した後、「とにかく落ち着こうや」と、比企さんがビールを差し出してくれた。ビール大好き人間の僕ではあるが、こんな深い味わいのビールは呑んだこともないし、今後呑みたいとも思わない。
キャビンの中でチャートを広げ、二人で出航後のコースを確認しあったが、どう考えてもテトラポッドは見つからなかった。気が済まないので岸壁の先端まで行って海を見に行きもしたが、やっぱり僕らのコースにテトラポッドを見つけることはできなかった。潮に流されたのか、それとも海の中で魔物に引き寄せられていたのか⋯⋯。
とにかくケガもなく、〈エオラス〉にも大きな損傷はなくてよかった。太平洋や大西洋を渡った船が、ホームポートを出航後数分でテトラポッドに座礁。まさに「灯台もと暗し」。
教訓「夜間の霧は超危険。海に出るなんてありえない」。今後のヨットライフ、そして自分自身の人生に生かしていきたいと思う。

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北港で上架してチェックする。全部で十箇所はダメージを受けた。テトラに激突してこの程度なら幸運と考えた方がいいかも。下手すれば•••••。
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白いところはエポキシコートが剥がれ、本来の船底のゲルコートがむき出しに。
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あー痛々しい!船体のFRPが削れむき出しになっている。あー!すまん!エオラス!
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今回は複合な要素が重なった。①時間に追われた回航②GPSプロッターの航跡設定が大洋横断レンジになったままで、前回入港した航跡が残っていなかった。③重層機能でチャートにレーダー映像を重ねるレンジのため、港出口では近すぎて乱反射して真っ赤になって逆に位置が見えなくなった。この3つの要因に加え、濃霧で1ノット以下のデッドスローで出港したため、距離感が狂い、すぐに灯台が消えたことが、離れことと勘違いして、早めに舵を切りすぎたのが原因。とはいえ二人はまだ確実にどこにぶつかったかは未だ???で推測でしかない。一生忘れないだろう、あのテトラのそびえ立った壁とぶつかった音は••••。本当にすまなかったエオラス。




●7月24日朝。再出航
文字通り衝撃の夜を終え、日の出とともに比企船長が海に潜って船底チェック。傷は10箇所程度。FRPまで到達した大きな傷はあるものの、ロングキールだからプロペラは影響なし。これならなんとか大阪までは行けそうだ。比企さんに続いて僕も入水し、船底を確認。テトラポッドに乗っかってしまうという事件を受けたことが信じられないくらいに、〈エオラス〉は擦り傷程度だった。水シャワーを浴びて、午前7:30再出航。
霧は遠くにまだ残っているものの、視界は十分。なぜ最初からこの時間まで待つことが出来なかったんだと、二人で悔恨の念にかられる。比企さんは、ABS日高さん、保険の新田さん、海宴隊メンバーなど、次々に連絡をしているが、残念な事件を報告する姿が実に痛々しい。
そんな傷心の二人に、焼け付くような太陽がまぶしすぎる。今までの遅れを取り戻すかのように、エンジン高回転で〈エオラス〉は爆走をスタート。どんなにつらいときでも前に進むしかないという「比企イズム」のようなものを感じずにはいられない。
航海中は、とにかくGPSの画面で対地速度を見ることが楽しみとなった。なんとか5ktはキープしながら、伊豆大島南岸を目指す。

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安藤マン初のエオラス自慢の水洗トイレを使用
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今回のワッチは寝たいときに寝る。しかし目が覚めたらすぐに起きて交代。これが意外にも楽なワッチであった。ぶっ通しの4日間でも全然大丈夫!
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やっと見えた大島。これから抜けるまで何時間かかっただろう。

AISが作動しなかったり、なぜか充電しないというトラブルはあったものの、テトラボーイズはいまや無敵!? 日没前には、伊豆大島の南岸、波浮港沖にたどりつくことができた。
が、ここから第一の試練がスタート。いくら進んでも景色が変わらないのである。対地速度は1~2kt。岸に寄せたり離したりはしてみるものの、複雑な潮のせいで、いったりきたり大回り3周くらいして、ようやく違った角度から岬を見ることができた。
ところで、今回の夜間航海中のワッチ交代システムは、実にうまく機能した。3時間交代?2時間交代?悩むこともなく生み出したのが「寝たい人が寝る」。結果的には1時間くらい寝ると交代することがほとんどだった。僕は夜がとにかく苦手なので「眠眠打破」など不眠グッズを買い込んで行ったのだが、実際にはまったく使わずじまい。夜はいずれも月夜で視界もよく、レーダーをみながらワッチしていく時間は、緊張しながらも楽しいものだった。

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右手が波浮の港の入り口。本当に1ノット以下。こんな黒潮で苦労したのは初めてだ。本流が大島に激突している。
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新マストに付けたLEDの両色灯と月明かり。
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今回の回航は月夜。しかも日が暮れると月がでて、日の出まで煌煌と光り、本当にもっとも夜回航に向いたタイミングでした。

●苦難の連続
 回航2日目は、うれしいお知らせから。充電しなかった原因が、エンジンルーム内の温度上昇と考え、エンジンルームを開け放っていたところ、正常に充電するようになった。船内で寝るには、熱気と騒音の二重苦となるものの、こればかりはしかたないだろう。電気がなくなるとGPSもレーダーも使えない最悪パターンに突入しそうだったので、本当によかった。
 が、大島越えのあと、またまた僕らに苦難が襲いかかったのだ。下田沖の黒潮である。対地速度は1kt程度。学生のときから何度も走ったことのある海域だが、ここまで厄介な潮はあまり記憶にない。熱い太陽の下、まさかの牛歩戦術を強いられ、石廊崎を通過した頃には、その太陽も傾きかけていた。
 でもここからは逆潮に乗って、一気に駿河湾を突破し、遠州越えだ!といきまいてみたものの、今度はなんと20ktオーバーの真向かいの風。もういやです。神様のバカ。
 波も悪い中、エキサイティングな走りで夜へと突入。このあとも遠州を越えて大王崎沖で変針!となると、風もいやみなくらいに同じだけ振れて、常に真向かいの風に立ち向かっていく航海が続いた。
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本船写真シリーズ第一弾「だいゆう丸」
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意外に大きな神子元島。
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ショートピッチの潮波。逆潮向かい風の顕著な波。
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本船写真シリーズ第二弾「福正丸」
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バルバスを波に突っ込む「福正丸」
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本船写真シリーズ第三弾「裕翔丸」
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本船写真シリーズ第四弾「豊春」と神子元島。




●神風を告げる使者
 真向かいの強風の中での航海となったものの、乗り心地抜群の〈エオラス〉だけに、4日目の朝もさほど疲労を感じずに迎えることができた。潮岬もようやく見え、だんだんとテンションもあがってくる。大昔から海の難所として知られる潮岬だが、今年はなんと黒潮が10マイル沖まで接近中。いったいどうしたらいいのか?
 そして今回で3度目の苦痛の時間が始まった。そう、対地速度1ktの時間である。串本から大阪まで、JRのスーパーくろしお号なら3時間といういやみなメールは無視し、ひたすら耐える耐える。でも進まない。
 あまりに進まず、海上保安部に電話してみた。いったい俺たちはどうしたらいいんだと!
 しかし、務に忠実な海上保安部様。「潮岬の沖には強い黒潮が接近していますね。いまは辛抱してがんばってください。安全な航海を」とのこと。テトラボーイズだけに、逆潮を求めて岸ぎわを攻める勇気もなく、ただただ地道に進んで行く方法をとった。
 8時間以上も潮岬沖を漂うことになったわけだが、正午過ぎに潮が転流すると、ようやく3.5kt程度で走れるように!黒潮に加えて、大潮も重なるという最低の状況があったのだろう。そして、われわれはこのあとエキサイティングなシーンを迎えることになる。
 ギギギギギギギギギギと、船尾のリールのドラグが悲鳴を上げ、ラインが一気に出て行くではないか。比企船長は大興奮。で、船を回せと僕に指示。が、メインもジブも張ってるのだから、そんなにうまく回せませんよ……。
「カメラカメラカメラ、¬ウワーッッ!!!」という声が上がったとき、400mのラインの先で、カジキが3回カッコよく跳ねたのだった。結局ラインブレイクしてしまったが、ヨットでカジキが釣れるとは……。ま、「老人と海」みたいに何時間も格闘している場合ではないので、よかったといえばよかったと慰めあったのであった。

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朝と月。AM5:02
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日の出前の朝焼け。
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日の出と不気味な雲???
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地震雲と思ったが地震はなかった
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明るくなってもしっかり出ている「月と本船」
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安藤マンと夕暮れ••••



●〈エオラス〉大阪湾を爆走!
 こうして潮岬を通過し、洋上で4回目の夜を迎えることとなったテトラボーイズ。夕方からは追い潮に加えて、奇跡の追い風まで吹き出し、対地速度は8ktオーバー! 観音開きという〈エオラス〉ならではのスタイルで、大阪に向かって爆走を続ける。時に対地速度は9ktをも超えるほどであった。
 数多くの船舶が航行する友が島水道も、縮帆作業のどたばたの中でなんとか無事通過。いよいよ大阪湾に入り、陸地の明かりが二人の心を安らげてくれる。でも今度はこのままのスピードでは暗い時間に入港になってしまうという贅沢な悩みが発生し、ヘッドセール1枚でブレーキングしながら、時間調整。
 そして午前8時少し前に、ついに大阪北港ヨットハーバーにもやいをとることができた。この日11:00からアースマラソン展の記者会見が予定されており、文字通り滑り込みセーフといった具合だ。 
 のべ4日間にわたる航海を通じて、座礁の傷も癒えたテトラボーイズだったと思う。いままでずいぶんヨットに乗ってきたが、今回の航海は間違いなく忘れ得ないものになった。陸上でご声援を送っていただいた皆さん、大阪まで僕らを運んでくれた〈エオラス〉、そしてこの貴重な航海に乗せてくださった比企啓之船長、本当にありがとうございました。いい夏になりました。
(レポート・安藤マン)

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友ヶ島水道。レーダーには本船と島がしっかりと写っている。
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遠くに見えるのが六甲山。何年ぶりの大阪湾か。8年ぶりになるかな?
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新マストと朝日と六甲山。
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おつかれさまでした。テトラ座礁というアクシデントはありましたが、安藤マンのおかげで楽しい楽な回航でした。やはり時間的に無理をしてはろくなことはありません。以後気をつけます。安藤マン本当にお疲れさまでした。スキルがあるので本当に楽に回航させてもらいました。手記までお願いしてすいません。さすがプロの文章ですね!今度は楽しみながら鴨川までよろしくお願いいたします。ヒキ
by hiki-hiroyuki | 2010-10-10 21:25 | Comments(0)